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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)33号 判決

アメリカ合衆国

マサチューセッツ州01701 フラミンガム ザ・マウテイン・ロード100

原告

ボーズ コーポレーション

代表者

マーク E.サリバン

訴訟代理人弁護士

大場正成

尾﨑英男

磯部健介

同弁理士

大塚就彦

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

矢田歩

今野朗

伊藤三男

主文

特許庁が、平成5年審判第1561号事件について、平成5年9月14日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨。

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1982年6月14日にアメリカ合衆国でした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和58年3月4日、名称を「ダイナミック等化回路」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願をした(特願昭58-35728号)が、平成4年9月21日に拒絶査定を受けたので、平成5年1月25日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成5年審判第1561号事件として審理したうえ、平成5年9月14日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年10月27日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

手動で操作される可変抵抗利得制御装置と、中音域周波数におけるスペクトル成分の大きさに対して、低音域周波数におけるスペクトル成分に与えられる低音域強調の大きさを、中音域周波数の可聴音として再生処理されている音響信号に与えられる手動操作により制御される利得の関数として変化させる手段とを含む、自動的ダイナミック等化回路において、

前記利得制御装置を含み、該利得制御装置の手動設定によって決定されて音響信号に与えられる異なる利得に対して、200Hzから始まる中音域周波数の音声フォルマント・スペクトル成分に無視し得る増加を与えるとともに、200Hz以下の低音域周波数における低音域強調を前記利得の関数として顕著に変化させる手段を設け、前記音響信号の低い聴取再生音レベルにおいて、前記音響信号によって特徴づけられるとき再生される音声の品質を低下させることなく再生された低音域スペクトル成分が聴取者に感知される、等化回路。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、実公昭13-15385号公報(昭和13年10月10日出願公告、以下「引用例」といい、そこに記載された発明を「引用例発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨及び引用例の記載事項の認定、本願発明と引用例発明の一致点及び相違点の認定並びに従来のラウドネスコントロールにおいても、低域の立ち上がり特性を変化させることが周知であることは認める。

審決は、本願発明技術的意義を誤認した結果、相違点についての判断を誤ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  本願発明の技術的意義

(1)  本願発明が従来の自動的ダイナミック等化回路と異なる特徴は、審決認定の引用例発明との相違点に係る「該利得制御装置の手動設定によって決定されて音響信号に与えられる異なる利得に対して、200Hzから始まる中音域周波数の音声フォルマント・スペクトル成分に無視し得る増加を与えるとともに、200Hz以下の低音域強調を前記利得の関数として顕著に変化させる手段を設け」との構成にある。

すなわち、人間の耳が音量の低いレベルにおいては高いレベルにおいてより低音域をよく感知しないために音量補償を必要とするという考え方が1933年に発表されたFletcher-Munson論文(甲第12号証)により確立され、引用例発明など従来の自動的ダイナミック等化回路においては、同論文に示されたFletcher-Munson曲線に従い、ボリュームつまみにより音量調整された音量のレベルによって、500Hz以下の音域をそれ以上の音域に対し相対的に強調(音量レベルが小さくなるほど相対的に大きく増幅)していた。これに対し、本願発明では、ボリュームつまみにより音量調整される異なる音量レベル(利得)に対しても、200Hzから始まる中音域周波数の音声フォルマント・スペクトル成分、すなわち、200Hzから中音域にかけての、人の声の分布する音域には相対的増幅を加えず、200Hz以下の低音域に対してだけ音量レベル(利得)の関数として相対的な低音域強調(増幅)を顕著に加えるのである。

この特徴は、従来のFletcher-Munson曲線に基づく低音域強調では、200Hz~500Hzの領域も増幅すべきことになるが、このように人の声の音域を低い音量で再生すると、低音域が強調されすぎて不自然に聴こえる(ブーミング)が、他方、人の声でない音、例えば音楽などについては、低い音量レベルで再生すると人間の耳は人の声に対するような鋭敏な感受性を有していないので、低音域を強調しても良好な再生を得られ、不自然には感じないという発見に基づくものである。

このことから、本願発明では、人間の声の音声フォルマント音域より下の低音域(200Hz以下)では、従来のFletcher-Munson曲線の考え方と同様に、低音域を中音域に比べ相対的に強調しているが、人の声である200~500Hzの音域では、それ以上の音域に比べて相対的に強調していないのである。

以上のとおり、従来のFletcher-Munson曲線に従って500Hz以下の低音域を補償するという考え方に対し、本願発明は、低い音量レベルの人の声に対する人間の耳の特別な感受性という新しい発見に基づき、200~500Hzの音域を補償しないという逆の発想によって、極めて良好な音声の再生を可能にしたものである。

(2)  これに対し、引用例発明では、本願発明のような、200Hzから始まる中音域周波数の音声フォルマント・スペクトル成分を相対的に増幅しないという技術思想は存在しない。すなわち、引用例(甲第5号証)の第二図に示された回路の出力の周波数特性では、同第三図のような聴覚の周波数特性の不均等性に基づく聴覚の不自然さを必要な可聴周波数帯にわたり有効に補償できることが開示されているところ、第三図では曲線は左上がりに傾斜しており、このことはFletcher-Munson曲線に対応する聴覚の周波数特性を表しているから、周波数が下がるほど、大きく増幅する必要があることを示しているにすぎない。したがって、引用例には、これを補償するため、第二図の出力の周波数特性も周波数が下がるほど大きく増幅するという技術思想が開示されているにすぎず、200~500Hzの音域において増幅しないという技術思想は開示されていない。

引用例発明がFletcher-Munson曲線に基づく音量補償の理論をいち早く具体化した自動音量補償装置であることは、引用例発明の出願が1937年であり、Fletcher-Munson論文が発表された1933年の4年後であることからも明らかである。

2  相違点についての判断の誤り

(1)  審決は、「本願明細書及び図面には、従来の音量制御装置により低音量レベルで再生された場合、低音域の音声が非常に強く感じられるブーミングがなぜ起こるのかについての根拠(定性的説明もしくは実験データ)が記載されていない。すなわち、そもそも上記請求人のいう『ブーミング』とはどのようたものなのかも明確でなく(通常『ブーミング』とは、室内で特定の低音域が異様にこもって耳障りになる現象をいう。特開昭53-112701号公報参照。)、該請求人のいうブーミングが200~500Hzの増幅特性を平坦にするとなぜ解消されるのか、不明である。」(審決書6頁2~14行)と認定しているが、誤りである。

本願明細書(甲第2~第4号証)には、人間の聴覚にとって音量の小さい人の声に対しては低音域が小さい方が自然に聴こえ、これを増幅すると低音域の音声が非常に強く、人工的に感じられる(ブーミング)という本願発明者の発見が説明されている(甲第2号証3頁右下欄8行~4頁左上欄10行、甲第3号証別紙10頁2~5行)。また、ブーミングが200~500Hzの増幅特性を平坦にすると解消されるのは、音量の小さなレベルにおいて人の音声の低音域を中音域に比べ強調するとブーミングが生じるという上記発見に基づき、そのような従来当然に行われていた増幅を行わないことによってブーミングが解消することが明らかにされている。

すなわち、本願明細書には、本願発明の課題(ブーミングの現象)、目的(ブーミングの除去)及びその解決手段(200~500Hzを増幅しない回路手段)が記載されているのであるから、ブーミングの現象が存在することに客観性及び普遍性があるかが本願明細書では立証されていないとの被告主張は失当である。

また、被告は、一般に音響特性は個人的好みが強いものであり、音響機器、音場特性、聴感特性によって大きく変わるものであるから、前記のような現象が大多数の人間に普遍的に存在するということは簡単にはいえないと主張するが、ブーミングが気になる人と気にならない人があることが、ブーミングの存在すなわち本願発明の課題、本願発明の成立を否定するものではなく、さらに、音場特性によって生じるブーミングがあるからといって、本願発明の課題であるブーミングの存在を否定する根拠とはなりえない。したがって、被告の上記主張は失当である。

(2)  審決は、「また、前者(注、本願明細書)の第1図と後者(注、引用例)の第2図について、低域のピーク時(例えば、後者の30Hz)と200Hzでの増幅度(出力レベル、dB)の比をグラフ上で実測してみると、前者が1/10~1/25であるのに対して、後者のそれは1/5~1/10である。」(審決書6頁15~20行)と認定しているが、誤りである。

本願発明においては、200~500Hzが平坦で、200Hzより低域で増幅を行なうものであるから、200Hzと低域のピークでの増幅度の比がいくらあっても、引用例が、本願発明の構成要件である200~500Hzを増幅しないという構成を開示しているか否かの判断の根拠とはならない。

しかも、引用例の第二図には縦軸の出力の数値が具体的に示されていないから、審決のいうように低域のピーク時と200Hzでの増幅度の比が1/5~1/10であるかどうかは不明である。被告は、審決の認定した値は、グラフ上で実測したデシベルの比であると主張するが、上記第二図の縦軸に数値が全く記入されていない以上、グラフ上のどの部分を実測してもその比がいくらであるか認定できないはずである。

(3)  審決は、「従来のラウドネスコントロールにおいても、低域の立ち上がり特性を変化させることが周知であるので(実開昭50-90543号公報、実開昭57-2724号公報参照。)、前記効果不明の点を併せ考えると、上記の数値の差をもって、前者(注、本願発明)が200Hzから始まる中音域周波数の音声フォルマント・スペクトル成分に無視し得る増加を与えるものであって、後者(注、引用例発明)がそうでないとする根拠も明確でない。両者の間に明確な差異がないとするのが妥当である。」(審決書7頁1~10行)と判断するが、誤りである。

本願発明において、「無視し得る増加」とは、大多数の人にとって増幅を聴取することのできない約2dB以下の増幅であることを意味し、本願発明の回路の増幅特性が示す本願明細書の図面第1図には、200~500Hzの領域での増幅が約2dB以下であることが示されている。これに対し、引用例発明は、Fletcher-Munson曲線に従って500Hz以下の低音域を強調する音量補償に基づくものであるから、200~500Hzを増幅しないという構成はない。Fletcher-Munson曲線が200~500Hzの領域では増幅が2dBより大きいことは、三浦種敏監修「新版聴覚と音声」(甲第9号証)やFletcher-Munson論文(甲第12号証)のFIG.4から明らかである。このように、本願発明は、「200Hzから始まる中音域周波数の音声フォルマント・スペクトル成分に無視し得る増加を与える」、すなわち、200~500Hzを増幅しないという構成を採用することによって、低い音量レベルにおける人の声の不自然な再生を防止するという作用効果を奏するものであるから、本願発明と引用例発明との差異は明らかである。

この点につき、被告は、ラウドネスコントロールは通常低域ブースト回路であり、該ブースト量(ピーク値)によってピーク周波数と平坦部(中域)の間の中間周波数領域の曲線の持ち上がりの度合いが左右されると主張するが、本願発明で用いられる回路は、従来のラウドネスコントロールの低域ブースト回路より高いQ値の又は高次のフィルターを用いた回路であるから、従来技術の回路を前提とした被告の主張は本願発明には該当しない。なお、審決の挙げる上記各公開公報に係る出願の明細書(乙第1、第2号証)には、ラウドネスコントロール回路特性を変化させうることが記載されているが、200~500Hzを平坦にすることは全く示唆されていない。

(4)  審決は、「なお、音響信号の低い聴取再生音レベルにおいて、再生される音声の品質を低下させることなく再生された低音域スペクトル成分が聴取者に感知されるようにすることは、音響信号の増幅装置として当然留意すべき設計事項にすぎないから、この点にも格別の発明が存在しない。」(審決書7頁11~16行)と判断しているが、誤りである。

本願発明の「音響信号の低い聴取再生音レベルにおいて、前記音響信号によって特徴づけられるとき再生される音声の品質を低下させることなく再生された低音域スペクトル成分が聴取に感知される」との効果は、本願発明の特徴的構成である「該利得制御装置の手動設定によって決定されて音響信号に与えられる異なる利得に対して、200Hzから始まる中音域周波数の音声フォルマント・スペクトル成分に無視し得る増加を与えるとともに、200Hz以下の低音域強調を前記利得の関数として顕著に変化させる手段」のもたらすものである。

審決の上記判断は、本願発明の特徴的構成の意義についての誤った認定を前提とするものであって、誤りであることは明らかである。

第4  被告の反論

1  審決の認定判断に誤りはなく、原告主張の取消事由は理由がない。

2  原告の主張1、2について

(1)  原告主張の「従来のFletcher-Munson曲線に基づく低音域強調では、人の声を低い音量で再生したときに、低音域が強調されすぎて不自然に聞こえる(ブーミング)」との発見について、本願明細書には、科学的根拠あるいは実験データが何ら示されていない。換言すると、いわゆるラウドネスコントロールをかけると音声が不自然になる(ブーミングを起こす)という現象が存在することに客観性及び普遍性があるかが、本願明細書では立証されていない。また、一般に音響特性は個人的好みが強いものであり、音響機器、音場特性、聴感特性によって大きく変わるものであるから、前記のような現象が大多数の人間に普遍的に存在するということは簡単にはいえない。例えば、特開昭53-112701号公報(甲第6号証)には、音場特性によってブーミングが発生することが記載されている。

そうすると、上記発見におけるブーミングが、純粋に人間の聴感特性によって普遍的に生じるものであって、たまたまその場の音場特性によって生じたブーミングではないと明解に断定できるだけの根拠が本願明細書に示されておらず、本願発明におけるブーミング防止効果についての科学的根拠が示されていない。

したがって、審決の認定(審決書6頁2~14行)に誤りはない。

(2)  本願発明において、「200Hzから始まる中音域周波数の音声フォルマント・スペクトル成分に無視し得る増加を与える」のは、「200Hz以下の低音域周波数における低音域強調を前記利得の関数として顕著に変化させる」結果に由来することとみるべきであるから、200Hzにおける増幅度の値と低音域における増幅度の値との相対的比較において「無視し得る増加」の有無を判断すべきものである。

審決は、このことを前提にして、200~500Hzの領域の曲線の持ち上がりの度合いを考える目安として、本願明細書の第1図の特性曲線と引用例の第二図の特性曲線につき、それらの低音域の増幅度のピークと200Hzにおける増幅度との対比において、200~500Hzのレベルがどれほど持ち上がっているかを検討したものであって、結局は、平坦部からの強調の度合いをみているのであるから、これが判断の根拠とならないとの原告の主張は失当である。審決の「後者のそれは1/5~1/10である」(審決書6頁19~20行)との認定における値は、引用例の第二図上で実測したデシベルの比であって絶対値ではない。

なお、ラウドネスコントロールは通常低域ブースト回路であり(乙第2号証・実願昭55-78287号明細書2頁1~6行)、該ブースト量(ピーク値)によってピーク周波数と平坦部(中域)の間の中間周波数領域の曲線の持ち上がりの度合いが左右されるのは明らかであるから、上記持ち上がりの度合いを比較する場合、上記ブースト量で割って正規化する方が正確であるということができる。

(3)  原告は、引用例発明は、Fletcher-Munson曲線に従って500Hz以下の低音域を強調する音量補償であるところ、本願発明は200~500Hzを増幅しないことによって低い音量レベルにおける人の声の不自然な再生を防止するという作用効果を奏すると主張する。

しかしながら、200~500Hzの音域には相対的に増幅を加えない、いいかえると該部分の特性を全く平坦にすることは実際不可能であり、本願明細書の第1図でも若干持ち上がっている。引用例第二図の持ち上がりのレベルは上記持ち上がりのたかだか2倍ほどである。前記のとおりブーミングそのものの原因が不明であり、引用例発明においても、200~500Hzの音域にはそれほど極端に音量を強調しているわけでもないので、両者の200~500Hzの音域における平坦度の差異によって、具体的な効果にどれほど違いが生じるのか不明である。

そして、従来のラウドネスコントロール回路において、ユーザーの好みに応じた聴感補正をするために低域の立ち上がり特性、あるいはカットオフ周波数を低域の方ヘシフトすることが周知である(乙第1号証・実願昭48-144647号明細書2頁11~13行、6頁7行~13行、図面第2図、前掲乙第2号証・明細書5頁8~10行、4頁16~17行、図面第4図)ので、前記両者の数値の差は、従来のラウドネスコントロールにおける調整範囲であって、本願発明にいう「200Hzから始まる中音域周波数の音声フォルマント・スペクトル成分に無視し得る増加を与える」という構成は、引用例発明におけるラウドネスコントロール回路に上記周知の技術を付加することにより当業者が容易になし得た設計事項にすぎないから、審決の判断(審決書7頁1~10行)に誤りはない。

そもそも、本願発明における200~500Hzの音域での「無視し得る増加」とは、増幅することについての認識に個人差がある以上、格別技術的に意味のない限定である。

原告は、「無視し得る増加」が約2dB以下の増幅であると主張するが、原告がどの点(周波数)を基準として2dB以下と主張しているのか明確でなく、本願明細書には2dBの基準等の記載はないし、「無視し得る増加」の技術的意味も不明であり、聴取できる増幅レベルは人によって全く異なっているから、約2dB以下の増幅なら大多数の人にとって聴取できないという事実が真実か否かは明らかでない。

仮に、「無視し得る増加」に何らかの意味があるとしても、「平坦」の意味に限定して解釈できないし、本願明細書の実施例の記載をみても、第1図の上から2番目、3番目の曲線は必ずしも平坦とはいえない。これに対し、引用例発明においても、実質的に「無視し得る増加」を与えていることは開示されている。すなわち、低音域のピークの周波数から200Hzに至るまでに増幅度が急激に低下し、200~500Hzでは増幅度は無視しうるほどになっていることは引用例の第二図から明らかである。したがって、本願発明と引用例発明とに明確な差異がないとした審決の認定(審決書7頁9~10行)に誤りはない。

(4)  音声の品質を低下させることなく再生させることはオーディオ装置一般に共通する事項であり、上記のとおり、本願発明にいう「200Hzから始まる中音域周波数の音声フォルマント・スペクトル成分に無視し得る増加を与える」という構成において、引用例発明と格別の差はないのであるから、審決の判断(審決書7頁11~16行)に誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  本願発明の技術的意義について

(1)  本願発明と引用例発明とが、審決認定のとおり、「手動で操作される可変抵抗利得制御装置と、中音域周波数におけるスペクトル成分の大きさに対して、低音域周波数におけるスペクトル成分に与えられる低音域強調の大きさを、中音域周波数の可聴音として再生処理されている音響信号に与えられる手動操作により制御される利得の関数として変化させる手段とを含む、自動的ダイナミック等化回路である点で一致」(審決書3頁20行~4頁7行)するが、本願発明が「手動設定によって決定されて音響信号に与えられる異なる利得に対して、200Hzから始まる中音域周波数の音声フォルマント・スペクトル成分に無視し得る増加を与えるとともに、200Hz以下の低音域強調を前記利得の関数として顕著に変化させる手段を設け、前記音響信号の低い聴取再生音レベルにおいて、前記音響信号によって特徴づけられるとき再生される音声の品質を低下させることなく再生された低音域スペクトル成分が聴取者に感知される等化回路」(同4頁8~17行)との構成を有するのに対し、引用例にはこのような記載がない点で相違することは、当事者間に争いがない。

(2)  本願明細書(甲第2~第4号証)には、本願発明の目的として、「再生された声音もしくは低周波音楽信号に好ましくないブーミングを起こさない自動音量補償を用いて」(甲第2号証5頁左上欄13~15行、甲第3号証補正の内容7第3段、甲第4号証補正の内容(2))、改良された音量補償又は自動音量補償を提供することにある(甲第2号証5頁左上欄9~12行)ことが記載され、これに関し、次の記載があることが認められる。

「音声再生装置の音量(ラウドネス)制御装置は、音声レベル低下の際に生じる低音域に対する耳の感度の低下を補償するために音量制御量を減少させる時に低音域を中音域に対して相対的に増幅するように開発された。しかしながら、低音声レベルにおいて再生された信号の低音域を増幅しても生の状態で聴いた時に感じられる音感は保たれない。何となれば、低レベルで聴いた生の音声は低音域において低下した耳の感度の影響を受け、従って、中音域に比較して低音域が小なくなっているように感じられるからである。斯かる理由により、今日の音声再生装置に見られる音量制御装置は、音声が低音量レベルにおいて再生された時、低音域の音声が非常に強く(ブーミング)感じられる。ハイファイ装置が、音量制御が不快になった時、音量制御を切るためのスイツチを有する所以である。毎日、人々は他の人の生の話を様々な音声レベルで聴く機会を有する。この現象は、例えば、戸外にいる話者と聴取者が様々な距離にある時に起きている。また、話者は時間によって様々な音声レベルで話すこともある。生の話の低音声レベルは低音域が小さいように聞えるが、これは自然であると考えられる。低音声レベルにおいて音声を再生する際に、これらの低音域を本来の声音に戻す如何なる試みも人工的に感じられることが見い出されている。」(甲第2号証3頁右下欄4行~4頁左上欄10行、甲第3号証補正の内容7第1段)「録音された音楽を、生演奏される曲に対して感じられる音声レベルよりも低い音声レベルにおいて再生すると、人間の耳の感度が低音域に対して低下するために、・・・低音域用楽器の音が再生された曲から消えてしまう。斯かる低レベルの音感効果は(声音と違って)生演奏にはみられないため、(200Hzより下の)非常に低い音域を適当に増幅すれば、従来の音量補償方法において得られたように声音再生を落すことなく改善されていると認められる状態に低音域用楽器に対する音感を戻すことができることが見い出された。Fletcher-Munsonの均等音量曲線を用いると200~500Hzの音域も増幅すべきであることが予測できるが、増幅する音域を200Hz以下に限定すると、非常に満足のいく音楽演奏が得られることが見い出されている。斯かる方法を用いて、本発明は、前述の声音に関する好ましくない影響を防止している。すなわち、本発明は声音の任意のフオルマント音域において無視出来る増幅をそう入しているのである。」(甲第2号証4頁右上欄11行~左下欄12行)

(3)  上記の記載によれば、本願明細書においては、人間の聴覚にとって日々の生活の中で生の人の音声は、その音量が小さい場合には低音域が小さい方が自然に聴こえていることから、低音域全体を中音域に対し相対的に増幅して再生すると、音声の低音域レベルが非常に強く、不自然かつ人工的に聴こえる現象が生じ、これが再生された声音もしくは低周波音楽信号に好ましくない影響を与えることが明らかにされており、この現象のことを「ブーミング」と呼んでおり、これの解消を本願発明の解決すべき技術課題としているものと認められる。

ところで、特開昭53-112701号公報(甲第6号証)には、「硬い壁面で囲まれた比較的小容積の室内で音楽等を聴く場合、特定の低音域の音が異様にこもつて耳障りになつたり、時には不快感を生じることがある。このような現象はブーミングとして知られている。」(同号証1頁左下欄17行~右下欄1行)との記載があり、この記載によれば、「ブーミング」とは室内で特定の低音域が異様にこもって耳障りになる現象をいうものと認められ、本願明細書における「ブーミング」の定義とはやや異なる部分がないわけではない。しかし、「ブーミング」の意味が一義的に上記公報記載の意味に解されていることは、本件全証拠によっても認めることができないし、本願明細書における「ブーミング」の定義が、明らかに自然法則や社会通念等に反しているとも認められない。しかも、上記公報及び本願明細書における「ブーミング」の定義は、人が音を聴取する場合に低音域が耳障りになり、不自然に聴こえる現象のことをいう点では一致していると認められるから、本願明細書における上記定義をもって、不明確あるいは誤りということはできない。したがって、本願明細書においては、実験データこそ示されていないものの、本願発明の技術課題とされるブーミングの根拠及び内容が明らかにされているというべきである。

そして、上記事実によれば、本願明細書には、本願発明の目的であるブーミングの解消のためには、Fletcher-Munson曲線の考え方に基づき、500Hz以下の低音域全体を中音域に対し相対的に増幅した場合であっても、人の音声の分布する200~500Hzの音域をできるだけ強調しないようにする、すなわち200~500Hzの増幅特性を平坦にすることにより、その不自然さが解消できることが開示されており、このために、前示相違点に係る構成を採用したことが認められる。

2  相違点についての判断の誤りについて

(1)  審決は、相違点につき、「本願明細書及び図面には、従来の音量制御装置により低音量レベルで再生された場合、低音域の音声が非常に強く感じられるブーミングがなぜ起こるのかについての根拠(定性的説明もしくは実験データ)が記載されていない。すなわち、そもそも上記請求人(注、本訴原告)のいう『ブーミング』とはどのようなものなのかも明確でなく(通常『ブーミング』とは、室内で特定の低音域が異様にこもって耳障りになる現象をいう。特開昭53-112701号公報参照。)、該請求人のいうブーミングが200~500Hzの増幅特性を平坦にするとなぜ解消されるのか、不明である。」(審決書6頁2~14行)とする。

しかし、前示のとおり、本願明細書には、本願発明の技術課題であるブーミングの根拠及び内容が明らかにされ、その解決手段も開示されていると認められるのであるから、上記審決の認定は、誤りといわなければならない。

(2)  審決は、本願発明と引用例発明において、200~500Hzの音域がどの程度増幅されているかを比較するために、「前者の第1図と後者の第2図について、低域のピーク時(例えば、後者の30Hz)と200Hzでの増幅度(出力レベル、dB)の比をグラフ上で実測してみると、前者が1/10~1/25であるのに対して、後者のそれは1/5~1/10である。」(審決書6頁15~20行)と認定している。

しかし、引用例の第二図は、引用例発明における各音量の低音域強調の概括的な度合いを示したものとも解され、縦軸の出力の数値が具体的に示されておらず、その本文中にもこれを示す記載はないから、同図中のグラフの増幅の幅がどれほど正確に記入されたものかは不明であり、同図上で実測を行ってデシベルの比を算出したとしても、その値を意味のあるものとして重要視することは疑問である。

また、本願発明は、500Hz以下の低音域全体を相対的に増幅した場合に、人の音声の低音域レベルが不自然に強調されることのないように、人の音声の音域の中で200~500Hzの増幅特性をできるだけ平坦にしようとするものであるから、引用例発明と対比するのは、音量レベルの小さい時に、200~500Hzの出力がそれ以上の人の音声音域の出力に対し、相対的に強調されているか否かでなければならない。

しかし、審決は、200Hzの出力とそれ以下の低音域(30Hz)における出力とを比べており、両者の増幅度を比較しても、200~500Hzの音域がそれ以上の人の音声音域に対してどの程度増幅されているかが直接判明するものでなく、仮に、30Hzに対し200Hzにおける増幅度が低い事例であったとしても、500Hz以上の音声の中音域に対して200~500Hzの音域が増幅強調されている場合には、人の音声は不自然に聴こえてしまうこととなるから、そのような事例は本願発明に含まれるものではない。したがって、審決に記載された増幅度の数値によって本願発明と引用例発明とを対比してみても、本願発明の200~500Hzを増幅しないという構成が引用例に実質的に開示されているか否かを判断する根拠とはならないものというべきである。

(3)  審決は、また、「従来のラウドネスコントロールにおいても、低域の立ち上がり特性を変化させることが周知であるので・・・、前記効果不明の点を併せ考えると、上記の数値の差をもって、前者(注、本願発明)が200Hzから始まる中音域周波数の音声フォルマント・スペクトル成分に無視し得る増加を与えるものであって、後者(注、引用例発明)がそうでないとする根拠も明確でない。両者の間に明確な差異がないとするのが妥当である。」(審決書7頁1~10行)と判断する。

「従来のラウドネスコントロールにおいても、低域の立ち上がり特性を変化させることが周知である」ことは当事者間に争いがないが、本願発明が、前記のとおり、人の音声の低音域における不自然な強調を解消するため、200~500Hzの音域においてできるだけ増幅しないという解決手段を見出し、前示相違点に係る「200Hzから始まる中音域周波数の音声フォルマント・スペクトル成分に無視し得る増加を与える」構成を採用したものであるのに対し、引用例発明は、この構成を欠くものであるから、上記周知事項を考慮しても、限定された音域を強調しないという本願発明と引用例発明とが、その構成の差異に基づき、作用効果において相違することは明らかである。審決の上記判断は誤りといわなければならない。

被告は、本願発明における200~500Hzの音域での「無視し得る増加」について、増幅することの認識に個人差がある以上格別技術的に意味のない限定であり、また、本願明細書の第1図の上から2番目、3番目の曲線は必ずしも平坦とはいえないし、引用例発明においても、200~500Hzの領域で実質的に「無視し得る増加」を与えていることは開示されているから、本願発明と引用例発明の間に明確な差異がないとする審決の認定(審決書7頁9~10行)に、誤りはないと主張する。

しかし、前示認定の事実によれば、本願発明は、従来のFletcher-Munson曲線の考え方に基づいて500Hz以下の低音域を増幅しようとする場合においても、人の音声の低音域における不自然な強調を解消するため、200~500Hzの音域において、できるだけ増幅を行わないようにし、これを「無視し得る増加を与える」と表現したものであると認められ、本願発明の実施例の一つである本願明細書第1図(甲第2号証7頁)の記載をみても、200~500Hzの音域ではほとんど増幅を行っておらず、同図の上から2番目、3番目の曲線においても増幅はせいぜい2~3dB程度のものと認められる。

これに対し、昭和55年2月20日初版発行「新版聴覚と音声」(甲第9号証)と、1933年に発表されたことは被告において明らかに争わないFletcher-Munson論文(甲第12号証)のFIG.4によれば、聴覚の不均等性に基づく不自然な音量感の減少を解消するため、Fletcher-Munson曲線においては必要な可聴周波数帯にわたり有効な補償を行っているところ、特に音量の低い領域においては、低音域になるに従って増幅を強調することにより等感度を維持し得るものとされており、引用例(甲第5号証)の図面第二図によれば、正確な増幅音量は認定できないとしても、概括的には、音量の低い場合に500Hz以下の音域について30~40Hzをピークとして周波数が下がるほど大きく増幅を行っており、200~500Hzの領域で実質的に無視し得ないほどの増幅を与えているものであることが認められ、この事実と引用例発明の出願が昭和12年(1937年)であることによれば、引用例発明の技術思想は、Fletcher-Munson曲線の考え方に基づいて音量補償を行うことに尽き、これを修正する技術的思想はないものと認められる。

上記被告の主張は採用できず、その他被告が種々主張するところが採用できないことは、以上の説示に照らして明らかである。

(4)  以上によれば、審決の相違点についての判断は誤りというほかはなく、審決は違法として取消しを免れない。

3  よって、原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 芝田俊文 裁判官 清水節)

平成5年審判第1561号

審決

アメリカ合衆国マサチューセッツ州01701、フラミンガム、ザ・マウンテイン・ロード 100

請求人 ボーズ・コーポレーション

東京都千代田区大手町2丁目2番1号 新大手町ビル206区 湯浅法律特許事務所

代理人弁理士 湯浅恭三

東京都千代田区大手町二丁目2番1号 新大手町ビル206区 湯浅・原法律特許事務所

代理人弁理士 津田淳

東京都千代田区大手町二丁目2番1号 新大手町ビル206区 湯浅・原法律特許事務所

代理人弁理士 野口良三

東京都千代田区大手町二丁目2番1号 新大手町ビル206区 湯浅・原法律特許事務所

代理人弁理士 大塚就彦

昭和58年特許願第35728号「ダイナミック等化回路」拒絶査定に対する審判事件(昭和58年12月26日出願公開、特開昭58-223909)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

本願は、昭和58年3月4日(優先権主張1982年6月14日、米国。)の出願であって、その発明の要旨は、平成4年8月18日付けの手続補正書によって補正された明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲第1項に記載された次のとおりのものと認める。

「手動で操作される可変抵抗利得制御装置と、中音域周波数におけるスペクトル成分の大きさに対して、低音域周波数におけるスペクトル成分に与えられる低音域強調の大きさを、中音域周波数の可聴音として再生処理されている音響信号に与えられる手動操作により制御される利得の関数として変化させる手段とを含む、自動的ダイナミック等化回路において、

前記利得制御装置を含み、該利得制御装置の手動設定によって決定されて音響信号に与えられる異なる利得に対して、200Hzから始まる中音域周波数の音声フォルマント・スペクトル成分に無視し得る増加を与えるとともに、200Hz以下の低音域周波数における低音域強調を前記利得の関数として顕著に変化させる手段を設け、前記音響信号の低い聴取再生音レベルにおいて、前記音響信号によって特徴づけられるとき再生される音声の品質を低下させることなく再生された低音域スペクトル成分が聴取者に感知される、等化回路。」

これに対して、原査定の拒絶の理由に引用された実公昭13-15385号公報(昭和13年10月10日出願公告、以下引用例という。)には、手動で操作される可変抵抗利得制御装置と、中音域周波数におけるスペクトル成分の大きさに対して、低音域周波数におけるスペクトル成分に与えられる低音域強調の大きさを、中音域周波数の可聴音として再生処理されている音響信号に与えられる手動操作により制御される利得の関数として変化させる手段とを含む、自動的ダイナミック等化回路が記載されている。

本願発明(以下、前者という。)と上記引用例に記載されたもの(以下、後者という。)を対比すると、両者は手動で操作される可変抵抗利得制御装置と、中音域周波数におけるスペクトル成分の大きさに対して、低音域周波数におけるスペクトル成分に与えられる低音域強調の大きさを、中音域周波数の可聴音として再生処理されている音響信号に与えられる手動操作により制御される利得の関数として変化させる手段とを含む、自動的ダイナミック等化回路である点で一致し、前者は、手動設定によって決定されて音響信号に与えられる異なる利得に対して、200Hzから始まる中音域周波数の音声フォルマント・スペクトル成分に無視し得る増加を与えるとともに、200Hz以下の低音域強調を前記利得の関数として顕著に変化させる手段を設け、前記音響信号の低い聴取再生音レベルにおいて、前記音響信号によって特徴づけられるとき再生される音声の品質を低下させることなく再生された低音域スペクトル成分が聴取者に感知される等化回路であるのに対して、後者はこの点が明瞭でない点で相違している。

上記相違点について検討すると、

この点に関して、請求人は請求の理由において、概要、次のように主張している。

「従来の自動音量補償(ラウドネス コントロール)は、Fletcher-Munson曲線に基づいて、音声レベル低下の際に生じる低音域に対する耳の感度の低下を補償するために、音量制御量を減少させる時に、単に低音域を中音域に対して相対的に増幅するように開発されたものである。

この従来の音量制御装置により低音量レベルで再生された場合、低音域の音声が非常に強く感じられるブーミングを起こし、不自然に感じられる。

本願発明は該ブーミングを回避するため、音声のすべてのフォルマント音域を増幅しないように、200Hzから中音域にかけて増幅周波数特性を平坦にしたものである。

これに対して、後者のものは、上記従来の音量制御装置であって、Fletcher-Munson曲線に従うと、200~500Hzの音域も増幅すべきことになるから、後者のものは200Hz以上の帯域も相当増幅していると考えられる。

従って、この点で両者は相違する。」

しかしながら、本願明細書及び図面には、従来の音量制御装置により低音量レベルで再生された場合、低音域の音声が非常に強く感じられるブーミングがなぜ起こるのかについての根拠(定性的説明もしくは実験データ)が記載されていない。

すなわち、そもそも上記請求人のいう「ブーミング」とはどのようなものなのかも明確でなく(通常「ブーミング」とは、室内で特定の低音域が異様にこもって耳障りになる現象をいう。特開昭53-112701号公報参照。)、該請求人のいうブーミングが200~500Hzの増幅特性を平坦にするとなぜ解消されるのか、不明である。

また、前者の第1図と後者の第2図について、低域のピーク時(例えば、後者の30Hz)と200Hzでの増幅度(出力レベル、dB)の比をグラフ上で実測してみると、前者が1/10~1/25であるのに対して、後者のそれは1/5~1/10である。

従来のラウドネスコントロールにおいても、低域の立ち上がり特性を変化させることが周知であるので(実開昭50-90543号公報、実開昭57-2724号公報参照。)、前記効果不明の点を併せ考えると、上記の数値の差をもって、前者が200Hzから始まる中音域周波数の音声フォルマント・スペクトル成分に無視し得る増加を与えるものであって、後者がそうでないとする根拠も明確でない。両者の間に明確な差異がないとするのが妥当である。

なお、音響信号の低い聴取再生音レベルにおいて、再生される音声の品質を低下させることなく再生された低音域スペクトル成分が聴取者に感知されるようにすることは、音響信号の増幅装置として当然留意すべき設計事項にすぎないから、この点にも格別の発明が存在しない。

従って、前記の点で両者が格別相違していると認めることができない。

以上のとおりであって、本願発明は、引用例に記載された発明より、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成5年9月14日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

請求人 被請求人 のため出訴期間として90日を附加する。

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